AIの知的営みと人間の創造性
2023.01.20
新春特別稿 第2弾
近未来に迎える「シンギュラリティ(技術的特異点)」
技術革新が天文学的発展を続けることで 2045 年頃には「コンピュータが人間の知性を凌駕(りょうが)する『シンギュラリティ』に到達する」と言われています。「人知を超えた AI」は「人類の脅威」となるのか、それとも「幸福の使者」となるのか、識者の意見も否定と肯定が入り乱れています。前世紀の作家や科学者、思想家たちが危惧した、ロボットやアンドロイドとの対立や愛憎は、19世紀のラッダイト運動(*1)のような過激な現実化はせず、あくまでも物語(*2)のなかに留まっています。むしろ私たちはほどよく機械と「協働」しています。そもそも「協働」というのは「信頼」なくしてはできないのです。教育に携わるものとしては未来にディストピア像を描くことはできません。肯定的な未来観をもち、試行と実践をくり返していくことが必須と考えます。
AI の知的営みに私たちが「美」や「徳」を感じることができるとしたら、そこには「シンギュラリティ」と親和性の高い文化が生まれ始めたのでしょう。すでに「自動生成」される絵画や音楽があり、それなりにスタイリッシュなものを極めて短時間に大量に生成することができます。しかし、本当に新しいものは未だ現れていません。見られるのはすでにどこかにあるような風景です。しかしながら「シンギュラリティ」に到達してからはどのような風景を生成するのかは未知です。
私たちが「考える」ことをAIが助ける時代
反事実を仮想することによって事象・計画を捉え、因果関係として科学的に決定づける「因果推定」の手法は未来に活きる私たちの知恵のひとつのかたちとなります。ルービン(*3)やパール(*4)らによって研究や実用化が進んでおり、政策評価や経済動向にも応用されています。また、高度な演算能力をもつコンピュータやAIの力を借りて「疑似的実践」「疑似的試行」を行い、現実世界が窮まる状態を回避し、種々の犠牲を軽減させることができます。進化した AI は、すでにコンピュータの普及が私たちの日常を助けているように、私たちが「考える」ことを助けてくれ始めています。AI をよきパートナーだと考えれば、私たち人類に必要なのは「考える」技術と実践を積み、思考と実践の連携の技術をさらに洗練させることです。私たちの感覚や意識の拡張を、統計的集積や確率論的偶然性をもちこんで、新しい領域へと導くにはAIが大いに役立つはずです。判断力や創造性の発揮は人間に課せられた役割でしょう。
現在と少し先の未来を充実させること、その積み重ねが未来をつくり出すこと、それは今私たちが肝に銘じるべきことでしょう。継続の先に未来があり、顧みすればそれ自体が動機にもなりえます。
私たち教育者は「実践のために考える場」を提供し続けながら、近未来に「シンギュラリティ」に到達する時代に向けて、「思考」することと「表現」することをさらに究めていく必要があります。
*1 ラッダイト運動…1810年代にイギリスで起きた反産業革命の運動。産業革命の進展による機械化で職を失った労働者たちが工場機械の破壊を大規模に展開し、しばしば軍隊と衝突した。
*2 ロボットやアンドロイドの物語…「ロボット」の造語で知られるカレル・チャペック『R.U.R.』(1920)は工場労働者となったロボットの反乱、映画『ブレードランナー』(1982)はレプリカントと猜疑心に溢れた人類との抗争が描かれている。日本の漫画・アニメにも心を持つロボットやアンドロイドの物語は多く見られる。
*3 ドナルド・ルービン(1943-)…統計学者。潜在的結果を因果関係の考察に導入する、因果推論の手法を提唱した。
*4 ジュディア・パール(1936-)…人工知能研究者。確率推論アルゴリズムの研究をすすめ、人工知能研究の大家として知られる。
オービットアカデミックセンター 代表 後藤敏夫